シュヴェリーン城ちょっと解説 vol.1

湖上の宝石・シュヴェリーン城が現在の姿になったのは19世紀中ごろのこと。
当時のメクレンブルクシュヴェリーン大公であったフリードリッヒ・フランツ2世によって、16世紀に建設されたテラコッタ装飾が美しい部分も残しつつ、14年の歳月をかけて完成されました。
そして1918年の11月革命(民主主義革命)まで、メクレンブルクシュヴェリーン大公が仕事をし、そしてその家族たちが実際に生活をしていた場所です。
このことをちょっと頭の片隅に置いておいて、19世紀の貴族たちがどんな生活をしていたのかという視点でお城を廻ると、面白さが全然違います。

今回のお話の主役はこのお二方、メクレンブルクシュヴェリーン大公フリードリッヒ・フランツ2世と大公妃アウグステ。政略結婚が普通であった当時では珍しい「恋愛結婚」でした。

しかし19世紀の貴族文化では寝室、居間など個人的な場所は夫、妻、子供別々にするのが主流だったようで、このシュヴェリーン城も例外ではありませんでした。
大公妃の主な生活スペースであった、3階は「美しい階(Beletage ベルエタージェ)」と呼ばれ、全体的に華やかな装飾が施されています。
4階は「祝いの階(Festetage フェストエタージェ)」と呼ばれ、大公の書斎や男性専用の社交場、喫煙室などがありシンプルかつ荘厳な印象を受けます。

子供部屋は2階にあり、現在はマイセンなどの陶磁器コレクションが展示されています。

ということで当時、自分の子供や妻/夫に会いたいときはアポと取らねばならなかったり、広いお城ですからお部屋を移動するのも一苦労。それを解決するために実は随所に「裏道」が存在していました。もちろん、見学をすることはできませんが、その痕跡を見つけることはできます。これ以上種明かししてしまうと私の仕事がなくなってしまいますので、今回はこの辺でやめておくことにします。🙂

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